
ー 現代チェコ?コミックを代表する4人の作家たち ー
このコーナーでは、现代チェコ?コミックを代表する作家たちを特集し绍介した。会期ごとにひとりの作家をピックアップし、壁で原画展示を行い、中央の覗き込みケースでは残り3人の现代作家を书籍とともに绍介した。

ニッカリン(本名、ミハル?メンシーク)は1987年生まれ、本展示で绍介されている作家の中では最も若いアーティストのひとりだ。彼は1989年の共产主义独裁政権崩壊后の社会で育った世代で、世界中のコミックスや大众文化に制限されることなく触れることができた。それゆえ、彼の作品には世界的に有名なコミックスやアクション映画、テレビゲームなどから题材や手法を取り入れているのを见ることができる。ニッカリンの初期作品では、フランスの叠顿作家メビウスからインスピレーションを得ているのがはっきりと见て取れ、また、日本マンガからの影响もうかがえる。
ニッカリンの作品の中で最も野心的なものは、间违いなく叁部(もしくは四部作になるかもしれない。先ごろ第4巻発売が予告されたところだ)からなる『130』シリーズだろう。それはロードムービー?ファンタジーとでもいうべき作品で、「ボ」という名の巡礼者が不思议な世界を彷徨い歩く中、奇妙な生き物や物と出会う物语だ。このように「真面目」な作品を描く彼だが、日本の搁笔骋のパロディーとも言える、『スペルソード?サガ痴滨滨:アルティメイト?ドラゴン?ファンタジー?クエスト』も制作している。现在、ニッカリンは若い読者向けの作品を中心に、子供、青年向けのシリーズ物、読みきりのコミックスを描いている。

130: Odysea
130:オデュッセイア
Nikkarin (s.a k.)
ニッカリン(作?画)
2009
ニッカリンは、本展示で绍介しているコミックス作家の中で最若手といってよい作家だ。彼の作品には、このことが作风として反映されている。彼の作品には高い普遍性があり、全世界から影响を受け、新しいメディアやパソコンで画像処理も行っている(「130」シリーズは手描きだが)。ニッカリンがチェコ?コミック界にデビューした2008年当时は、チェコでのコミックスへの「子ども向けのくだらないもの」という偏见が薄れはじめた过渡期にあたり、出版业界もコミックスに注目しはじめていた。ニッカリンが単行本を出版できたのは、コミックスを取り巻く出版环境、社会环境が整い始めたという理由もある。
ニッカリンのアーティストとしてのキャリアは、2000年代初頭に登場した、いわゆる「ジェネレーション?ゼロ」の作家とは大きく異なる。「ジェネレーション?ゼロ」の作家は非商業的な雑誌や、同人誌に短編が掲載されるかたちでデビューすることが多い。対してニッカリンのデビュー作、「130」シリーズ第1巻は、直接、単行本として発売された。版元はラビリント社(Labyrint)で、当時は既に「アロイス?ネーベル」を出版したことで名が知られており、この作品はグラフィックノベルシリーズの一つとして出版された。 こうしてニッカリンの100ページからなる作品は、三部作プロジェクトの第一幕として発表され、多少短絡的かもしれないが、描き下ろし単行本出版の更なる増加を通して、現代チェコ?コミックが新しい発展段階に入った兆候のひとつと考えられる。
「130」の漠然とした世界を语るのは难しい。主人公である巡礼者「ボ」は、初め荒廃した不思议な场所を彷徨っている。「ボ」は、奇妙な人々や生物との出会いを通して情报を収集し、彼らのいる世界の轮郭が、「ボ」と読者の目の前に徐々に现れてくる。

130: Čas hvězdoplavců
130:惑星の旅人の时代
Nikkarin (s.a k.)
ニッカリン(作?画)
2015
「ボ」が出会う人物の何人かは読者にも驯染み深いはずだ。主人公のひとり、アントワンヌには、サン=テグジュペリの有名な小説の主人公、「星の王子さま」を大人にした面影がある。「130」は、この小説の精神的后継者のようにも考えられる。文学的暗示だけでなく、他のメディアの影响も见られる。この作品を読み进めると、荒廃した世界が舞台になっているテレビゲーム「フォールアウト」シリーズや「スター?ウォーズ」的要素も见出すことができる。
これまでにこのグラフィックノベルシリーズは、第3巻まで発売されている。第2巻の題名、『善良な奴、意地悪な奴、腹黒い奴』は、セルジオ?レオーネの有名な西部劇、「続?夕日のガンマン」(英題The Good, the Bad and the Ugly)からインスピレーションを受けたものだ。この作品は第1巻が発売されて間も無い2010年に発売された。しかし、このシリーズのファンは次の第3巻、『惑星の旅人の時代』が発売されるまで5年もの間、待たされることになる。2015年に第3巻が発売された際、ニッカリンは、このサガの完結編となる第4巻(2017年現在、未発売)の刊行を予定していると語った。
瞑想的な情感が漂う、复雑なナレーションのニッカリンのグラフィックノベルシリーズには热狂的な支持者も多く、现在ニッカリンは21世纪のチェコ?コミック界において最も兴味深い作家のひとりと考えられている。年を追うごとに技术面も优れたものとなり、絵のスタイルは繊细に、内容も作者の内面に迫ったものになってきている。ページ构成のセンスにも磨きがかかり、ページ全体に広がるイラストレーションが発する力も上手く调节されている。そして巡礼者「ボ」の话は、まだ终わらない……。
第4期はチェコ?コミック史から离れ「チェコ?コミックのメディアミックス」と「チェコ?コミックの中の日本」の二つのテーマで総覧する。
チェコ?コミックのメディアミックスについて
1920年代から、チェコのコミックスキャラクターはコミックス以外の媒体にも登场していた。最初にキャラクターが登场したのは絵本である。コミックスの芸术的価値は低く见られていたため、コミックス作品とその作者にとって絵本であってもある种の文学として扱われることは名誉なことだったのだ。
コミックスキャラクターを使ったもう一つの媒体は人形剧である。チェコでは长い歴史を持つ伝统芸能である人形剧は、1920年代から1930年代にかけてヨゼフ?スクパが作り出した「シュペイブルとフルヴィーネク」のヒットで活况を呈していた。
そして『リドヴェー?ノヴィニ』纸のオンドジェイ?セコラの大人向けコミック?ストリップ、「フナートとパトルチカ」がブルノ?ラドスト剧场で人形剧化され、人気を博す。ほぼ同时期に同纸に掲载されていたセコラのもう一つの作品「ツヴォチェク」は少年ツヴォチェクが主人公で子ども向けだったが、これもブルノ?ラドスト剧场で人形剧化されている。これらの作品ではセコラ自身が人形のデザインを手がけた。
他にも1930年代には様々なコミックスキャラクターが人形剧になった。今日、人形剧には当时ほどの大众的な人気はないが、いくつかのコミックスが人形剧化され、成功を収めている。フランチシェク?スカーラ「ヴラスとブラダの大冒険」(ヴラスは髪、ブラダは顎の意)はその一例だ。また、コミックスからの人形剧化だけでなく、人形剧のコミカライズもある。先述「シュペイブルとフルビーネク」は、现在も人形剧の続编がコミックスとして描き続けられ、多くの新闻に掲载されている。
1932年には、チェコで初めてコミックスが実写映画化された。長編ミュージカル映画、「ペピナ?レイホルツォヴァー」( ヴァーツラフ?ビノヴェツ監督)は、フランチシェク?ヴォボルスキー作のコミックスを原作としている。だが、次にコミックスが実写映画化されるのは1993年まで待たなければならない。そのペトル?コテク監督の「知恵の輪の謎」は「リフレー?シーペ」のワンエピソードを映画化したものだ。他のコミックス作品は、今のところ実写化されていない。
「ありのフェルダ」は诞生直后から様々なメディアに登场したキャラクターだ。1930年代末には人形剧化、次いでラジオドラマ化され音源はレコード発売もされた。このありのヒーローはいまもアニメーション映画がつくられ続けている。
第二次世界大戦后、コミックスとアニメのつながりはさらに强くなった。1965年からチェコスロヴァキア国立テレビ局が、毎晩幼児向けアニメを放映するようになり、1969年に子ども向けコミック誌、『チティジリーステック』(四つ叶の意)が创刊されると、同誌掲载の何作ものシリーズがテレビと雑誌の両方で展开された。1990年代の『チティジリーステック』で最も人気のあったルチエ?ロモヴァーの「アンチャとペピーク」も2017年に第1シーズンがテレビ放映されている。
コミックスのアニメーション映画化でもっとも成功したのは「アロイス?ネーベル」だ。ヤロスラフ?ルディシュとヤロミール?シュヴェイジークによるコミックス(2003-2005年)を原作とするアニメーション映画は2012年にヨーロッパ映画赏の长编アニメ部门最优秀赏を获得した。
チェコ?コミックと日本について
20世纪のチェコ?コミックに日本が与えた影响はあまりない。おそらく当时チェコ?コミックが日本に近づいたもっとも兴味深い事例はカーヤ?サウデックが手掛けた1980年に日本でおこなわれたチェコ展のガイドブックだろう。
1989年のビロード革命后のチェコ?コミックスでは、自由化に応じて、日本はエキゾチックな旅行先として登场するようになった。1994年の『チティジリーステック』では主人公たちが日本を访れている。
21世纪に入ると、インターネットと翻訳版により、チェコに日本のマンガ(そしてアニメ)が浸透し始め、若いコミックス作家に多大なインスピレーションを与えるようになった。2009年からはじまったアンソロジー、『扇』(ヴィエイーシュ)はそうした「日本スタイル」のコミックス(マンガ)の描き手たちによるものである。
パット?サリヴァンとオットー?メスマー原作の、アメリカ生まれの「フィリックス?ザ?キャット」は、両大戦间期にチェコスロヴァキアでも大スターになった。彼は短编アニメーション映画や広告、絵本などさまざまなところで活跃した。展示品はアルパ?フランツォフカ社の饮み薬の広告である(手前)。右ふたつとなりのケース(※后註2つ下のケース)にてチェコで作られたフィリックスのアニメを観ることができる。
雑誌『プンチャ』には雑誌タイトルにもなっている同名の犬のコミックス「プンチャ」以外にも、何本ものコミックスが连载された。「プンチャ」に次ぐ长期间连载コミックス、「ルーダとスラーヴィンカ」(奥)では子どもらしい日常の中での冒険を取り上げている。作者は、その后、チェコアニメの巨匠となり、「ありのフェルダ」など、多数の作品を撮ることとなるヘルミーナ?ティールロヴァー(1900-1993)である。上记フィリックスのアニメを制作したのもティールロヴァーである。

Kocour Felix
フィリックス?ザ?キャット
作?画ともに不明
1930年代
Růda a Slávinka
ルーダとスラーヴィンカ
Hermína Týrlová (s. a k.)
ヘルミーナ?ティールロヴァー(作?画)
1940 『プンチャ』 #79
「ペピナ?レイホルツォヴァー」(1929-1941)は大戦期のチェコスロヴァキアで最も人気のあったキャラクターのひとり。元気で気立てはいいが、おっちょこちょいな田舎娘が、近代的で洗练された街に上京した际の様々な戸惑いを描いたユーモア?コミックス(中央)。初めて実写化されたチェコのコミックスのキャラクター(※后註1つ下のケース)であることからもそれがわかるだろう。様々な広告や新闻のコミック?ストリップでこの映画は宣伝されたが、兴业的には散々な结果になった。当时としては珍しくこの映画には「日本人」や「アフリカ系」の俳优が起用されている。かなり偏见のあるとらえ方ではあるのだが。
しかし作者のヴォボルスキーは「ペピナ」の売込みを上手にやってのけた。映画化された后、「ペピナ」は人形剧になり、様々な印刷広告に起用され、当时の流行り歌にも登场した。製菓会社とのコラボ商品として「ペピナ」という飴も発売されている。ケース奥はその飴の宣伝用コミックス。

Pepina Rejholcová
ペピナ?レイホルツォバー
František Voborský (s. a k.)
フランチシェク?ヴォボルスキー(作?画)
1930年代
Jak Pepinky způsobily
radost Pepince
ぺピナがぺピナを喜ばせた理由
※飴の宣伝用コミックス
František Voborský (s. a k.)
フランチシェク?ヴォボルスキー(作?画)
1930年代
Jak Pepinu štěstí potkalo
ペピナにチャンスがやってきた理由
※薬の宣伝用コミックス
František Voborský (s. a k.)
フランチシェク?ヴォボルスキー(作?画)
1930年代
コミックスの登场人物は、1920年代から映画界に登场し始める。それはアニメ映画のときもあれば、実写化されたものもあった。
このケースでは映像化されたチェコ?コミックを绍介した。

Pepina Rejholcová
(záběr z filmu)
実写映画『ペピナ?レイホルツォヴァー』(スチル)
Václav Binovec (r.)
ヴァーツラフ?ビノヴェツ(监督))
1932
【上映作品】
カレル?ドダル(监督)
「フィリックスの新しい冒険」(1927年)
※アニメーターは
ヘルミーナ?ティールロヴァー
ヴァーツラフ?ビノベツ(监督)
「ペピナ?レイホルツォヴァー」
(1932年、映画)
イジィ?トルンカ(监督)
『バネ男とSS』(1946年、映画)
マレク?ベルジェール(监督)
『ぺラーク:プラハを覆う闇』
(2016年、映画予告编)
「バネ男」はナチス?ドイツ占领时代の都市伝説ヒーロー。足にバネを装着し、プラハの路地やビルの屋根の上でナチスと戦う。当时の人々は、「バネ男」を実在するヒーローとして噂した。その噂话から生まれた「バネ男」は、イジー?トルンカとイジー?ブルデチュカによって、1946年にアニメ化された(左隣のケースで绍介 ※后註上のケース)。
本ケースに展示した「バネ男の更なる冒険」シリーズは第二次世界大戦后を舞台にした作品。平和が戻った后、かつてのヒーローは本职の烟突扫除人として精を出す。このシリーズは政治的スローガンに强く感化されており、共产主义の敌との戦いを主题としている。
1989年以降、彼をモチーフにしたいくつかの映画や演剧作品、コミックスが発表されている。アドルフ?ラフマンの未完のコミックス(2002-2006)も、その一つ。

Pérákovy další osudy
バネ男の更なる冒険
Vláďa Dvořák
1948
都会っ子5人組のグループ、「リフレー?シーペ」の冒険は、最初、少年週刊誌『ムラディー?フラサテル(Mladý hlasatel、「若きメッセンジャー」の意)の裏表紙に連載された(1938-48年)。原作者のヤロスラフ?フォグラルは、最も有名な20世紀のチェコの児童小説を書く作家の一人。
「リフレー?シーペ」は体制侧に何度も発売を禁止された。1960年から1970年「自由化改革」で政府の検閲が缓む中、「リフレー?シーペ」の復刻版が出版された。このケースの展示品はその时の復刻版である。

Rychlé šípy
リフレー?シーペ
Jaroslav Foglar (s.), Jan Fischer (k.)
1948年 (1970年復刻版)
60年代のリバイバルブーム时に、フォーグラルは新エピソードを书き下ろした。また「リフレー?シーペ」のグッズや商品も発売されていた。ケース奥の册子『リフレー?シーペ』の広告にあるトランプなどが、その一例である。
また、1960年代后半には、「リフレー?シーペ」の9つのエピソードがテレビドラマ化されたが、第一话放映后、ソ连(ワルシャワ条约机构)军侵攻により放送を禁じられた。ケース手前の本は1970年に出版された「リフレー?シーペ」のテレビ番组についてのムック。
1989年のビロード革命后の「リフレー?シーペ」人気により、復刻版が册子として出版されただけでなく、その第一话だけ放映されて终わったテレビ番组も放映された。さらに1993年には実写映画化され、チェコ?コミックとしては実写映画化された2番目の作品となった。下のケース(※后註3つ上のケース)でテレビドラマ版と実写版の一部を観ることができる。

Záhada hlavolamu
映画『知恵の轮の秘密』顿痴顿
1993
Rychlé šípy v televizi
ムック『テレビ版「リフレー?シーペ」』
Otakara Fuky
オタカール?フカ
1970
Rychlé šípy
『リフレー?シーペ』
1960年代
「アロイス?ネーベル」は「チェコ近代史の闇」と呼ばれる有名な事件を扱い「コミックスは子どものもの」という常识を覆したグラフィックノベル作品である。タイトルと同名の駅员を主人公としたこの叁部作は、21世纪のチェココミックス界で最も大きな影响を与えたコミックスだといえるだろう。「アロイス?ネーベル」は、続编がコミックストリップ形式で発表された。

Alois Nebel -
Prachatický granát
アロイス?ネーベル -プラハティツェの手榴弾-
Jaroslav Rudiš (s.), Jaromír 99 (k.)
ヤロスラフ?ルディシュ(作)、ヤロミール99(画)
2005
Alois Nebel - Bílý potok
アロイス?ネーベル -白い小川-
Jaroslav Rudiš (s.), Jaromír 99 (k.)
ヤロスラフ?ルディシュ(作)、ヤロミール99(画)
2003
Alois Nebel - Na trati
アロイス?ネーベル -トラックの上-
Jaroslav Rudiš (s.), Jaromír 99 (k.)
ヤロスラフ?ルディシュ(作)、ヤロミール99(画)
2007
グラフィックノベル「アロイス?ネーベル」は2011年に映画化された。ロトスコープ技法が用いられたこのアニメーション作品はチェコ国内で大ヒットし、国外でもヴェネチア国际映画祭で招待作品として上映されるなど高い评価を受けている。

Alois Nebel - záběr z filmu
映画『アロイス?ネーベル』(スチル)
2011
Alois Nebel - DVD
映画『アロイス?ネーベル』顿痴顿
2011
1960年代に『リフレー?シーペ』がコミックスとしては最初にテレビドラマ化された。この作品は1993年に実写映画化された。
2000年以降に実写映画化されたコミックスはなく、「チティジリーステック」と「アロイス?ネーベル」はアニメーション映画として制作された。

【上映作品】
ヒネク?ボチャン(监督)
『知恵の轮の秘密』(1969年、テレビ映画)
ペトル?コテク(监督)
『知恵の轮の秘密』(1993年、映画)
ミヒャル?ジャブカ(监督)
『王様に仕える四つ叶』(映画の予告编)
トマーシュ?ルニャーク(监督)
『アロイス?ネーベル』
(2011年、映画の予告编)
他
4匹の拟人化された动物(猫と犬と豚とウサギ)を主人公とした児童向けコミック「チティジリーステック」が掲载された、コミックスのタイトルと同じ名前の児童誌『チティジリーステック』は、短期间実现した自由化改革时の1969年に创刊された。1989年の自由化后は、同誌からスピンオフ作品や様々なメディアミックス作品などがつくられるようになっている。
21世纪になっても「チティジリーステック」関连のキャラクター商品は様々な展开を见せている。

Čtyrlíštek speciál
"Horymírovo dobrodružství"
雑誌『チティジリーステック
特别号:ホリミールの冒険』
1998 #6
Čtyřlístek:
Strašidelný hrad
テレビゲーム『四つ叶:呪われたお城』
2002
Čtyřlístek: Prsťáčci
指人形『チティジリーステック』
2010以降
Čtyřlístek
雑誌『チティジリーステック』
2015 #599-600
「チティジリーステック」の原作者、ヤロスラフ?ニェメチェクはこの作品の映画化を期待し続けてきたが、その梦は2013年についにかなった。「王様に仕えるチティジリーステック」が长编アニメーション映画になったのである。
「王様に仕えるチティジリーステック」が映画化された际、出版社『チティジリーステック』(1991年に创立、作者の家族が代表を务める)は様々なキャラクターグッズの贩売を始めた。このムックもそのひとつ。映画のコミックス版や映画情报、撮影の里话などが掲载されている。
左にふたつ隣のケース(※后註2つ上のケース)でこの映画の一部を観ることができる。

Čtyřlístek ve filmu
ムック『映画チティジリーステック』
2012
Čtyřlístek ve
službách krále
映画『王様に仕えるチティジリーステック』顿痴顿
2013
Čtyřlístek: Prsťáčci
指人形「チティジリーステック」
2010以降
テオドル?ピシュチェクはファッションデザイナーであり芸术家。ミロシュ?フォアマン监督の映画「アマデウス」では、衣装デザイナーとしてアカデミー赏を受赏している。彼は1970年代に「ドゥガン先生」(中央/1973-1975)および「女郎蜘蛛」(奥?手前/1975-1977)という2作のコミックスを描いている。「女郎蜘蛛」は当时としては异彩を放ったファンタジー/厂贵コミックスである。

Pavouk Nephila
女郎蜘蛛
Ivo Pechar (s.), Theodor Pištěk (k,)
イヴォ?ペヒャル(作)、テオドール?ピシュチェク(画)
1976 『オフニーチェク』 #13(手前) #21?22(奥)
Profesor Dugan
ドゥガン先生
Ivo Pechar (s.), Theodor Pištěk (k,)
イヴォ?ペヒャル(作)、テオドール?ピシュチェク(画)
1977 『オフニーチェク』 #21?22(中央)
アニメーション「もぐらのクルテク」シリーズで有名なズデニェク?ミレルが発表した唯一のコミック?ストリップが「ロボット?ミキ」(1965-1969)である。
后ろの大型テレビで「もぐらのクルテク」にロボット?ミキが登场するアニメをみることができる。

Ohníček
雑誌『オフニーチェク』
1966 #6 (奥)
1968 #5 (左手前)
共产主义体制崩壊后に発表されたファニー?アニマル?コミックス最大のヒット作。2匹のネズミを主人公とした作品で、女の子がアンチャ、男の子がペピークである。全エピソードが二度にわたり単行本化され、テレビアニメ化もされている。

Anča a Pepík
アンチャとペピーク
Lucie Lomová (s. a k.)
ルチエ?ロモヴァー(作?画)
2012
「アンチャとペピーク」の作者ルチエ?ロモヴァーは、彼らをコミックだけでなく、非商业的な公报やキャンペーンでも活跃させている。手前に展示しているのは「子どもと青少年の読书促进」キャンペーンのものである。
2008年に「アンチャとペピーク」の一エピソードが人形劇用の脚本にアレンジされた。この物語でふたりは乱暴な盗賊を魔法のコーヒーミルの助けを借りて打ち倒す。 こうしたミステリとファンタジーを融合させたようなストーリーはこのシリーズではおなじみのものである。

Anča a Pepík:
Kafemlejnek
人形剧『アンチャとペピーク:コーヒー挽き』(スチル)
2008以降
Noc s Andersenem
アンデルセンとの一夜
※広告イラスト
Lucie Lomová (k.)
ルチエ?ロモヴァー(画)
2013
1960年代后半のチェコ?コミックのなかで最も重要な作家であるカーヤ?サウデックは、ミロシュ?マツォウレク监督の大众映画二本の制作に美术の担当者として本格的に携わった。このときサウデックはポスターも手がけている。「ジェシーを狙え」のポスター(右奥)は、当时の検閲で「西侧的过ぎる」と判断され、使用されなかった。
また、颈辫补诲で绍介しているもう一つの映像作品、「スペイブルの映画的酩酊」は右隣のケース(※后註1つ下のケース)で绍介している、1920年代に登场した人気キャラクター「スペイブルとフルヴィーネク」の初の映画化作品。

Kdo chce zabít Jessii?
映画『ジェシーを狙え』ポスター
Kája Saudek (k.)
カーヤ?サウデック(イラスト)
1966(未公开)
Čtyři vraždy stačí, drahoušku
映画『あなた、4つの杀人事件で、もう、十分よ』ポスター
Kája Saudek (k.)
カーヤ?サウデック(イラスト)
1970
映像
Spejblovo filmové opojení 1931
Kdo chce zabít Jessii? 1966
Čtyři vraždy stačí, drahoušku 1984
スペイブルの映画的酩酊 1931
ヴァーツラフ?クバーセク(监督)、ヨゼフ?スクパ(监督)
ジェシーを狙え 1966
ヴァーツラフ?クバーセク(监督)、ヨゼフ?スクパ(监督)
あなた、4つの殺人事件で、もう、十分よ 1970
オルドジッヒ?リプスキー(监督)
1920年代に登场した时から、少年フルヴィーネクとその父亲スペイブルはチェコの子ども达に大人気のキャラクターだ。元々は人形剧として生まれたキャラクターだが、年々、活动の场を広げている。コミックスもその一つ。现在のコミックス版は、児童向けコミックス作家として注目を集めるトマーシュ?フルトが作画を担当している。

Šmankote
しまった!
Denisa Kirschnerová (s.), Tomáš Chlud (k.)
デニサ?キルシュネロヴァー(作)、トマーシュ?フルト(画)
2007
フランティエク?スカーラは现代のチェコ美术界を牵引する现代美术作家のひとり。拾ってきたものや自然界のものを使ったオブジェや絵画で有名である。1989年に発表されたこのスカーラのコミックス第1作にも、彼の他の现代美术作品と同じ美术的観点が见られる。2007年にはこの「ヴラスとブラダの大冒険」は人形剧として上演され成功を収めている。
スカーラのコミックス第2作(1997年)は絵ではなく、写真で构成された作品。この作品にも彼独特のユーモアは健在だ。この第2作目の英语版が当馆2阶展示室で読める。

Velké putování Vlase a Brady
ヴラスとブラダの大冒険
František Skála (s. a k.)
フランティシェク?スカーラ(作?画)
1989
チェコ?コミック界ではアーティストたちはしばしばビデオゲームの世界へ冒険に出かけたがる。 戦略系ゲームの「Ufo Aftershock」はトマーシュ?クチェロフスキーがビジュアルを担当している。クチェロフスキーは「ジェネレーション?ゼロ」を代表する作家のひとりで、『AARGH!』誌の創設者のひとりでもある。「Ufo Aftershock」コレクター版の発売に伴い、クチェロフスキーは同ゲームの短編コミックス『空飞ぶ岛の衰退と坠落』とカードゲームを制作した。

Ufo Aftershock
ゲーム『UFO アフターショック』ガイドブック
2005
Ufo Aftershock karty
カードゲーム『UFO アフターショック』
※『UFO アフターショック』コレクター版用
2005
The Decline and Fall of the Flying Island
空飞ぶ岛の衰退と坠落
※『UFO アフターショック』コレクター版用コミックス
Martin Klíma (s.), Tomáš Kučerovský (k.)
マルティン?クリーマ(作)、トマーシュ?クチェロフスキー(画)
2005


ヒット作「ありのフェルダ」以前にも、オンドジェイ?セコラは「フナートとパトルチカ」という人気コンビを生み出している。今ではほとんど忘れられてしまったこの二人组のキャラクターは?二つの世界大戦のあいだ、非常に人気があり、何度も人形剧として上演された。

SuperHana v zeleném pekle
スーパーハナ、緑の地狱で
Kája Saudek (s. a k.)
カーヤ?サウデック(作?画)
1966
10分程の映画「ありのフェルダ」(ヘルミーナ?ティールロヴァー监督、1944年)は、当时のチェコ?アニメ映画としては、今までにない长编作だった。なお、この作品が制作された第二次世界大戦当时、作者のセコラは强制労働所に入れられていた。フェルダはその后ほかの话も何作かアニメ化されている。例えば、やはりヘルミーナ?ティールロヴァー监督によるフェルダのアニメ(1977-78)では、切り絵アニメーションの技法をもちいている。展示のチラシは同アニメがフランスで公开された时のもの。この作品はオンドジェイ?セコラ(1899-1967)の死后に製作された。
84年のアニメはチェコ独合作のセルアニメーションである。

【映像】
Ferda Mravenec, 1944
Příhody Ferdy mravence, 1977
Ferda Mravenec, 1984
ありのフェルダ 1944 ヘルミーナ?ティールロヴァー(監督)
フェルダの冒険 1977 同上
ありのフェルダ 1984 チェコ?ドイツ合作(セルアニメ)
Ferda Mravenec (DVD, moderní reedice)
アニメ『ありのフェルダ』顿痴顿
2006 (復刻版)
LES NOUVELLES AVENTURES DE FERDA LA FOURMI (dépliant)
フランス語劇場版「ありのフェルダ 新たな冒険」 (フライヤー)
2017
1933年に登场したありのフェルダはチェコ大众文化の中で最も人気のキャラクターの一つだ。阳気で働き者のこのキャラクターの话は、新闻『リドヴェー?ノヴィニ』纸の子ども向けふろくのコミックスとして登场した。

Ferda Mravenec
ありのフェルダ
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ?セコラ(作?画)
1930年 (2010年復刻版)
コミックス版の「ありのフェルダ」は、誕生から3年後に絵本として出版された。 オンドジェイ?セコラは、原作をさらに児童書に適したものへ書き直したのである。

Ferda Mravenec
とらわれのフェルダ
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ?セコラ(作?画)
2014 (復刻版)
Ferda cvičí mraveništé
フェルダ、仲间をトレーニングする
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ?セコラ(作?画)
2014 (復刻版)
Mraveci se nedají
アリはやられやしない
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ?セコラ(作?画)
2015 (復刻版)
诞生してから80年以上もの间、フェルダはチェコの児童文化における人気キャラクターであり続けている。
第二次世界大戦后、コミックス版「ありのフェルダ」の新シリーズがカラーではじまった。チェコスロヴァキアでは1948年の政変后、共产主义政権下でフキダシの使用が「アメリカ帝国主义の象徴」として禁止されている。このため当时のコミックスはコマ割りは使われているものの、各コマ下にテキストが书かれる形式をとっていた。
その后もフェルダは、几度となく変わった政権の全てを乗り越えてきた。そして、20世纪のほほすべての时期に渡って、ぬりえなど様々なフェルダグッズが発売されてきたのである。

Kousky mládence Ferdy Mravence
ありのフェルダ ベルトコンベアで移動の巻
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ?セコラ(作?画)
1960 『オフニーチェク』 #5
Kousky mládence Ferdy Mravence
若き日のありのフェルダの楽しいいたずら
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ?セコラ(作?画)
1951
Ferda mravenec - omalovánky
ぬりえ『ありのフェルダ』
1979


「130」シリーズの作者によるこの作品は、ゲームブックやビデオゲーム、「ゼルダの冒険」、「ファイナルファンタジー」などのパロディである。

Spellsword Saga VII.
Ultimate Dragon Fantasy Quest
スペルソード?サガⅦ
アルティメイト?ドラゴン?ファンタジー?クエスト
Nikkarin (s. a k.)
ニッカリン(作?画)
2012
日本のホラー?コミックスから影響を受け続けるテサーシュ兄弟の作品。『妖怪高校』(左2冊)は伊藤潤二と楳図かずお から強くインスピレーションを受けたホラー?コミックス。高校が舞台になっている。ケース内には他に『ヴァーサス』(手前)、『千の仮面』(右)の単行本が入っている。
彼らの作品のスタイルは徐々に変化しており、近年ではヨーロッパのシュールレアリズムの影响も见られる。

Gymnázium příšer
妖怪高校
Antonín Tesař (s.), Jiří Tesař (k.)
アントニーン?テサーシュ(作)、
イジィ?テサーシュ(画)
2010 2冊とも
Tisíc masek
千の仮面
Antonín Tesař (s.), Jiří Tesař (k.)
アントニーン?テサーシュ(作)、
イジィ?テサーシュ(画)
2016
Versus
ヴァーサス
Antonín Tesař (s.), Jiří Tesař (k.)
アントニーン?テサーシュ(作)、
イジィ?テサーシュ(画)
2012
『ヴィエイーシュ-チェコ惭础狈骋础アンソロジー』(ヴィエイーシュは扇の意)は2009年に创刊され、毎年一册刊行されている年刊コミックスアンソロジーである。主に新人作家が毎号短编コミックスを10作品ほど寄稿している。
『ヴィエイーシュ』に収録されたコミックスは日本のマンガを完全に模倣したものもあれば、自分のアートスタイルに日本マンガの画风を少し取り入れた斩新な作风のものなど、幅広いスタイルの作品が掲载されている。寄稿している作家の何人かは、『妖怪学校』、『ヴァーサス』、『千の仮面』のテサーシュ兄弟のように単行本を出版している。

Vějíř - sborník české mangy
『ヴィエイーシュ チェコMANGAアンソロジー』
2013, 2014, 2015, 2016
奥) 1980年、埼玉県所沢市の游园地ユネスコ村子供馆でチェコ展が开かれた。绍介した芸术家にはズデニェック?ブリアン(古代生物を题材にした画家)がおり、スタニスラフ?ホリー(ポップな色使いのイラストで有名)が展示场内部のデザインを任された。カーヤ?サウデックは、14ページからなる会场パンフレットを手掛けた。パンフレットにはテキストはなく、そこには展覧会场を访れた亲子の様子が想像で描かれている。ケース奥がそのパンフレットよりの1ページ。
手前) 「ゴロ、猿の守り人」シリーズは、雑誌『コメタ』に連載された作品。日本人の少年「ゴロ」が、野生の猿を狩人と違法な猿の売人から様々な努力によって守り抜く物語で、環境問題を扱った初のチェコ?コミックといえる。

Průvodce po české
výstavě
ユネスコ村子供馆でのチェコ展パンフレットより
Kája Saudek (s. a k.)
カーヤ?サウデック(作?画)
1980
Goro, ochránce makaků
ゴロ、猿の守り人
Ivo Pechar (s.), Jiří Petráček (k,)
イヴォ?ペハル(作)、イジィ?ペトラーチェク(画)
1990 『コメタ』
我々の知る限り、この『週刊モーニング』1990年9号(2/15号)に掲載されたカレル少年と飼い犬ゾフカの奇妙な物語は、20世紀に日本で紹介された唯一のチェコ?コミックだ(ケース正面)。 脚本家もアーティストもチェコではほぼ無名である。 この作品はチェコスロヴァキア時代だけでなく、チェコ共和国になった今日もチェコ国内では発表されていない。
チェコで唯一発表されているオルガ?プターチコヴァーの作品は、雑誌『チティジリーステック』に6作品掲载された「ルントとシュプント」で、ここでも、少年とその饲い犬のダックスフントのシュプントが主人公となっている(ケース手前)。

Lunt a Špunt - Ovčáci
ルントとシュプント
Lída Sedláčková (s.), Olga Ptáčková (k.)
リーダ?セドラーチコヴァー(作)、オルガ?プターチコヴァー(画)
1989 『チティジリーステック』 #166
Karel and Žofka
カレルとゾフカ
L. J. Nováková (s.), Olga Ptáčková (k.)
L. J. ノヴァーコヴァー(作)、オルガ?プターチコヴァー(画)
1990 『週刊モーニング』9号
児童向けコミック誌『チティジリーステック』に、1980年代半ばから连载されたコミックス版世界昔话シリーズでは、日本の昔话として「猫の王国のハナコ」という话が绍介された。

Hanako v kočičím království
猫の王国のハナコ
Martin Matouš (s.), Lucie Dvořáková (k.)
マルティン?マトウシュ(作)、
ルチエ?ドヴォジャーコヴァー(画)
1989
雑誌『チティジリーステック』では、海外の様々な国を旅行する纪行コミックスが定期的に掲载されている。その中に日本を扱った号もあり、「日本のクリスマス」(ハナ?ラムカ(作)、ヨゼフ?ラムカ(作)、ヤロスラフ?ニェメチェック(画)/1994年)では、同誌の4人の主人公が北海道に行き、札幌雪祭りに参加する。

Čtyřlístek
雑誌『チティジリーステック』
1994 #226 2冊とも
『チティジリーステック』の少女向けの姉妹誌として、2012年に『はーい、フィフィよ』(Ahoj, tady Fifi)が創刊された。その創刊号では、「チティジリーステック」のトレードマークの主人公4人が日本旅行に出かけ、天狗と出会う「日本冒険」(リヒャルド?スヴィタルスキー(作)、ヤロスラフ?ニェメチェク(画)/2012年)が掲載されている。

Ahoj, tady fifi
雑誌『ハーイ、フィフィよ』
※雑誌『チティジリーステック』 特別号
2012