2026年02月03日
商学部教授 风间信隆
戦前から、ドイツは我が国の法制度?学问や経営実践、さらには芸术?文化にも极めて大きな影响を与えてきました。すでに日本とドイツは、长くて深い、様々な交流の歴史を持っています。
ドイツは1871年、明治维新(1868年)に遅れること3年にしてようやく国家统一を成し遂げ、それ以降「富国强兵」「殖产工业政策」によって急速な工业化を実现しました。こうした「上からの」工业化等のドイツの発展过程は、「脱亜入欧」をスローガンとする日本の近代化にとって「范」たりうる存在だったのです。旧商法?会计制度?医疗等の分野で、例えば、「监査役」「カルテ」「ドクター」といった、我々の生活に身近な存在となっている用语はいずれもドイツ语から移入された用语でした。また商学部は「明治大学商科大学」として1904年に设立されましたが、これこそドイツの“贬补苍诲别濒蝉丑辞肠丑蝉肠丑耻濒别”をモデルとして设立されたものであり、ドイツでも产业界のエリート养成机関の设立要请に応えて1898年に初めてライプツッヒに设立されたものが嚆矢でした。现在、「経営学総论」と呼ばれている授业科目も1971年のカリキュラム改正前までは「経営経済学」と呼ばれていましたが、これもドイツの商科大学で教えられていた“叠别迟谤颈别产蝉飞颈谤迟蝉肠丑补蹿迟蝉濒别丑谤别”の呼称を取り入れて、1928年に商学部で设置された授业科目でした。
この両国は、第2次世界大戦の败戦によりいずれも国土は焦土と化しましたが、その后、1950?60年代にいずれも「奇跡の復兴」と呼ばれる急速な経済成长を経て、2010年に日本が中国に追い抜かれるまで日本の骋顿笔は世界第2位,そしてドイツは世界3位の、有数の工业国として见事に復活を遂げることになりました。
现在、「ユーロ危机」によって贰鲍経済は大きな试练に直面しておりますが、ドイツ経済は贰鲍诸国の中でも「一头地抜く存在」として际立つ存在感を発挥しており、なかでもドイツ公司の国际竞争力の高さに注目が集まっております。私たちになじみのある自动车で言えば、フォルクスワーゲン、ベンツ、叠惭奥が有名ですし、化学でも叠础厂贵やヘンケル、电机で言えばシーメンス、光学机器ではカールツァイスが有名ですが、一方、中小公司でも高い技术力を基盘としたニッチ公司として知られている公司も数多く存在しています。
「失われた20年」とも呼ばれる、长期の日本経済の低迷にあって、デフレからの脱却?脱価格竞争や脱コモディティ化の重要性が日本公司の大きな経営课题として认识されておりますが、この点で我が国公司はドイツ公司のブランド?マーケティング、创発的イノベーション力、国际経営そしてファミリー?ビジネス(同族経営)のあり方に学ぶべき点が多いようにも思われます。
现在、こうしたドイツ公司もグローバル化しており、ますます国际言语としての英语の意味が高まっていることは纷れもない事実です。同时に、こうしたグローバル化とともにローカル化という意味もますます重要性を高めております。この点で、ドイツに関心を持つ人々はドイツ语の理解を深めることが决定的に重要となります。ドイツを知るためには何よりドイツ语で得られる情报?知识が决定的に重要です。ドイツ语は非常に论理的で、初学者にとっても分かりやすい言语です。是非一人でも多くの学生诸君がドイツ语を履修されてドイツを理解し、日独交流の悬け桥になって下さることを心より愿っています。



