黑料社区

アーカイブ 台湾漫画史不思議旅行 -貸本屋さんと漫画の100年- 展

《2期》



ごあいさつ / 会期の説明 / 読み仮名について

1期「ごあいさつ?会期の説明?読み仮名」と同じ




◆ケース展示

台湾现代史

狈辞.1~8

1期狈辞.1~8と同じ



1960年代~1990年代

No.09
漫画検閲制度

 书物は人々の思想、知识や行动に影响を与えるため、政府などの公権力は常にそれを掌握しようとしてきた。
    1966年の「編印連環圖畫輔導辦法」によって台湾における漫画の発展が妨げられ、その結果、海賊版の流行を招くこととなった。
 これまで贷本屋で流通していた漫画はメインカルチャーから排除された通俗文化と见なされ、「不良出版物」や「小人书」などと「大雅の堂に登らぬ(=品が悪くて人前に出せない)」ものとして见下された。


No.10

検閲されないように漫画はこのように编集された。めくってみよう!
「和装は使用禁止で、中国服装に変更。
外国语の名前は禁止で、中国语の名前に変更。」

No.11

国立编訳连环図画审査许可书国(61)连审第5961号
ここに义明出版有限公司より送付された纪厚博编の连环図画『海龙王』第一巻から第四巻の合计四巻につき、本馆の审査に合格したことにより许可証を発给することとする。右につき义明出版有限公司は受领すること。

馆长王天民
中华民団六十一年(一九七二年)十二月叁十日



《展示品》
国立编译馆连环图画执照(国の出版机関による漫画検閲の许可书)/プリント
国立台湾歴史博物館 提供

No.12

《展示品》
検閲印が押印された漫画の里表纸/プリント
文化部 提供

No.13
贷本屋の叁本柱

 台湾での漫画検閲は厳しくなったものの、1960年代も贷本屋は不动の人気を维持し続けた。その主要商品?叁本柱といわれた漫画?ロマンス小説?武侠小説の地位も确立された。
 また、検閲制度により台湾漫画の势いが下火になった代わりに、日本漫画が贷本屋で人気を博した。


No.14

No.15

No.16



No.17
日本漫画の海贼版

 1970年代末、贷本屋の台湾漫画は次第に日本漫画に取って代わられた。当时、台湾の出版社は无断で日本漫画を翻訳し、国立编訳馆の审査に送った。また、审査基準をクリアするために、特に日本的な要素を含む内容を大幅に书き换えた。例えば、主人公の名前を华人の名前に、地名は中国风の地名に、和服はチャイナドレスに変えるといった変更が多く见られる。さらに、善良な风俗を维持するためにロングヘアーの男性も短髪に修正された。


台湾でも人気の少女マンガ「ガラスの仮面」の登场人物の名前はこのように変更されていた。
北岛マヤ → 谭宝莲
速水真澄 → 秋俊杰
月影千草 → 白莎莉
姫川亜弓 → 阮玉冰
桜公路优 → 姜文彬

No.18

《展示品》
『窈窕淑女(『はいからさんが通る』)』
大和和纪、台北:远大文化公司
 1978年
陳靜寬氏 所蔵

No.19

《展示品》
『はいからさんが通る』1
大和和纪、东京:讲谈社
1975年
现代マンガ図书馆 所蔵



No.20
『王家の纹章』の异なる版本

 日本の漫画「王家の纹章」(细川智栄子あんど芙?みん)は、现在40代以上の台湾読者の多くに「尼罗河女児(ナイル川の娘)」というタイトルで知られている。本作品は日本で1976年より连载开始し、现在に至るまで连载が続いている。
 この日本漫画の大ヒット作は、台湾では多くの海賊版が出回っていた。初期の日本漫画の海贼版は厚さ1cm未満の薄い本であったが、次第に1~2cmの厚さの単行本も出版されるようになった。当時、出版社が競ってヒット作を発行したため、同じ作品が複数の出版社から発売されることがあった。これらの海賊版は、勝手にページ数を増やすなどしたため品質にも差があった。


No.21

《展示品》
『尼罗河女儿』8
台北:集英出版社
1988年
王佩廸氏 所蔵

『尼罗河女儿』21
王佩廸氏 所蔵

『尼罗河女儿』1
细川智荣子、台中:丽华出版
王佩廸氏 所蔵

No.22

《展示品》
『尼罗河女儿』29
细川智荣子、台北:大汉出版社
王佩廸氏 所蔵

『王家の纹章』57
细川智荣子、台南:长鸿出版社
2012年
王佩廸氏 所蔵

『王家の纹章』50
细川智荣子、东京:秋田书店
平成17年
王佩廸氏 所蔵



No.23
検閲に直面した漫画人

 1966年に「编印连环图画辅导办法」が正式に施行されると、漫画创作の内容が検閲?改変されたばかりでなく、検閲による时间とコストの増加によって多くの漫画出版社が次々と解散していった。しかし、当时の台湾ではそれでも创作を続けようと望む漫画家や业者が多くいたため、「漫画の梦を継続させよう」と别の方法を模索し始めた。1966年12月に创刊された雑誌『王子』もそのひとつである。

   1960年代に経営が大成功していた文昌出版社だが、検閲制度の嫌がらせに耐え切れず営業を終えたことにより、漫画家たちは散り散りになってしまう。困り果てた漫画家たちは、同社の編集者だった蔡焜霖(サイコンリン)と一緒に雑誌『王子』を創刊した。『王子』は名目上は児童雑誌であり、一冊における漫画の割合を20%以下に保つように編集することで漫画の検閲をすりぬけようと図った。台湾の漫画家たちのために、その後も生き延びる道を残したのである。


No.24

《展示品》
『台湾の少年』3
游珮芸作、周見信作 、倉本知明訳、東京:岩波書店
2023年
个人蔵



日本现代漫画略年表

狈辞.25~32

1期狈辞.25~32と同じ




◆壁めくり

奥-1-1~奥-3-5

1期奥-1-1~奥-3-5と同じ




◆映像

『时代看顾正义的人(时代は正义の人々を见守る)』惭痴

拍謝少年、2021年/拍謝少年 提供




◆罢ケース

罢-1~罢-3

1期罢-1~罢-3と同じ




◆柱展示

1期と同じ




◆企画体制

1期と同じ