2026年02月03日
「ガクの情コミ」学际研究ラボ テーマ「流行」
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総合討論(コーディネーター 高马京子 教授)その2
【映像】
総合讨论その2
铃木报告をめぐって
① コメント
高马:2人目の登坛者である铃木先生の报告にコメントいたします。
流行と校则というテーマに関して兴味深く闻かせていただきました。私の通った高校には制服とか校则がありませんでした。ですが、一方で隣の学校のかわいい制服を结局着ていたな、ということも思い出しました。
先生にフランスの例を少しご绍介いただきました。フランスの制服事情をみると、エリートや富裕层が住む地区のカトリック系の学校や私立学校では採用されていたのだけれども、公立学校ではようやく2018年に初めて制服が导入されたといいます。そこで制服が导入された理由というのは、社会的な差别を见せないために制服を导入したのだ、と报道されています()。
校则はないけれども、制服を着たということなのですね。そこで制服が导入された理由というのは、社会的な差别を见せないために制服を导入したのだ、と闻いています。
そこで、日本の校则とか制服のありかたというのは、日本社会独特のことなのか。日本文化としての校则や髪形の制限などの背景について、お考えをいただきたいと思います。
② 私的领域に関与しない公教育
铃木雅博(以下铃木): 高马先生から社会的差別を是正する方策の1つとして、フランスでも制服などを導入する動きがあることなどのご指摘がありました。
基本的な考え方としては、公教育は私的领域には関与しないのが基本的なスタンスだと思うのです。公教育は、公的なある种の権力作用でもあるわけです。市民の育成という部分について教育は行うけれども、宗教であったり服装であったり、そういった部分については基本的には公権力、公教育はノータッチです。
まさに逸脱として、本当に露出が大きい、下着が见えてしまうような服を着てくる场合には、それはいわゆる公序良俗の范囲という形で、やはり一定程度の规制というのはあると思います。しかし服装は基本的には自由な领域として担保されます。
しかし、ご指摘いただいたように、阶层の差であるとか、それぞれの环境の差であるとか、思想とか宗教の差というものが、服装によって现れることは、ままあるわけです。そこで结果何をやるのかというと、そういったことは持ち込んではいけない、ということになっています。
たとえば宗教に関しては、イスラム教徒が女性はイスラムの考えに基づいた服装をしてくることとか、スカーフをかぶってくるとか、そういったことについてはライシテ(濒补?肠颈迟é 宗教的な中立性)として、禁止しているわけです。これはもちろん、イスラムというマイノリティーにとっての差别ではないのかとフランスでも大変论争になったところではあります。一方でキリスト教徒も大きな十字架のようなネックレスを着けてくること自体禁止されているそうです。
基本的に个人的な领域について学校は関与しません。自由が原则です。しかし、そういったものを学校の中に持ち込むということについては、一定程度の制约や规制が行われます。その差别を持ち込まないように制服を、というのも1つの动きだとは思うのですけれども、恐らくこれは非常にマイナーな、それほど一般化していない动きだとは思います。
③ 日本における制服の家计负担
铃木:日本の场合、制服を着させることに、経済的な负担を考えていたり、経済的な差别化というものがあらわにならないためなのだというロジックが语られることがあります。ただ、実际制服の価格はどうでしょうか。ご家族に制服を买われたことがある方はご存じと思いますが、制服は大体4~5万円してしまうのです。制服は3年间で着なくなる。高校3年间で终わり、中学校3年间で终わりです。
高马:着替えも要るし。
铃木:そう考えると、制服は非常にコスパが悪いです。経済的な平等を謳っていながら、高额なお金がかかる。先ほどのファストファッションの话ではないのですけれども、子どもに5万渡して、これで3年间私服を买いなさいといえば、十分买えると思うのです。なおかつ、それは3年という期间限定ではなくて、もっと长い期间着ることができるはずです。
実は学校が、过度な経済负担を家庭に课している侧面が一方にはあるわけです。また、学校の指定制服を取り扱える店が非常に限られていて、なかなか価格竞争も起きにくいという现状があります。また、学校の名前が入ったリュックを持たなければいけないとか、上履きはここで买ってくださいとか、体育シューズはここが指定といった形で、学用品が指定製品であることによる、隠れた教育费の高腾に関する研究もあります。
数年前に话题になった、中央区立泰明小学校のアルマーニ製の制服の话もありました。それが10万円近くするという话になっているわけです。ラグジュアリーブランドの制服を着ていることによって晴れがましい気持ちにはなるのでしょうけれども、公立小学校なのにもかかわらず、ある种そういった差异化が悪い意味で働いてしまうのではないか、と论争になりました。
今回流行を押しとどめるために校则があって、制服や头髪についての规制があるという形でご绍介したのですけれども、実际は制服にも流行があるのです。
具体的には、时期によってスカートが长くなったり、短くなったりとか、その着こなしの仕方といったことですね。何年か前ですけれども制服図鑑のようなものが発刊されて、それを基に女の子が、どこの制服がかわいいかなと见て高校を选ぶようなこともあったわけですので、制服自体が完全に流行から自由になるかといったら、そういったことではないという部分も考えていく必要があると思っています。今回はその点については、踏み込みませんでした。
日本の校则とか制服のありかたというのは、日本社会独特なのかどうか。これはもちろん歴史的経纬があると思うのですが。私は残念ながら、その点はあまり详しくありません。ただ、基本的に教育制度そのもの、学校制度そのものがヨーロッパのものを持ってくるという考え方ですので、日本にあった寺子屋とかではなく、新たな、まさにパッケージ商品として、椅子に座り机を前にして、黒板を前にして先生が1人で多くの人を対象にしてしゃべるという、教育のパッケージがもたらされる。それを畳の上でやってもよかったのですけれども、そういったことはしなくて、ある种のミニチュアテーマパークのような形で学校というものをつくり出したわけです。
その中のアイテムの1つに制服というものも、最初からというわけではありませんが、徐々に溶け込んでいくわけです。ミニチュアヨーロッパなわけですので、その中にヨーロッパ风の服というものがなじんでいくという素地があったのではないかと思います。
④ 子どもの自由意思と规制
今村: 铃木先生にお伺いしたいのは、どこまで校則で生徒を規制するか、という点です。
私の报告、あとは后藤先生の报告でも、自由意思について话题が出てきました。一方で校则の适用対象は子どもですよね。子どもに対しての规制は必要と考える人はまだ多いです。つまり、子どもというのは、きちんとしたものの考え方はまだできない。高校生といっても子どもは子ども。小学校なら、なおさら。髪の毛も短く刈らせておいたほうが、変な髪形をしないで良い、といった具合です。
学校には在学関係(児童、生徒と学校 設置者、学校との法関係)などもありますので、校長に広い裁量があるのは、理解できなくはありません。
ならば规制はどこまでなら许されるのか。割と难しいです。地域性の相违もあってもいいのか、高校と小学校?中学校でそれぞれ违いそうです。まだまだ発展过程の人々に対しては、パターナリスティックな観点から抑え付けるという部分があってもいいという意见もあります。先生のご意见として、どこまで彼ら彼女らを抑え付ければいいのかという问题をお伺いしたいと思います。
⑤ 子どもによる自己决定の原则
铃木:今村先生から顶いた、子どもの制限の范囲に関するお寻ねに関してです。确かに従来は、良いものは大人が决めるというのが基本的な考え方でした。しかし、2022年に子ども基本法という法律もできまして、いいものを大人が决めて子どもに授けるということではなくて、子ども自体が自分たちのことについて自分たちで考えて决めていく。
大人がやっている良いことというのは、本当に良いことかどうか分からないですしね。大人が「この制服、かわいいだろう」といっても、子どもから见たら「何でそんな、ダサい服着なきゃいけないの」ということだってあるわけですから。
大人の良いが子どもの良いにはならない。その良さというものは、大人、子どもという形で、常に上下の流れがあるわけではなく、子ども自身が主体的に决めるということで良いのではないか、ということなのです。
もちろん、子どもに対する特别な配虑が必要なこともあります。それは例えば、子どもに対する特别な保护のための法律があります。饮酒、喫烟、あるいは児童ポルノの问题などです。子どもについては特别な配虑をして保护すべきである。それはもちろん、判断が未熟であったり、だまされてしまうということもありますから。子どもが自分で同意したから良いのかというと、そういうわけにはいかない领域もいくつかはあると思うのです。
しかし、基本的には子どもも大人と同じ権利の保持者である。そういったところをスタート地点に考えて、とりわけ子どもを保护するためには何が必要なのか。そういった観点からいくつかの保护的なことを制度と仕组みとして作っていくことが必要だと思います。「いや、こっちのほうがいい」、「スカートはもうちょっと长いほうがいいと思うぞ」とか、「髪の毛はもうちょっとさっぱりしたほうが中学生らしいぞ」とか、そういったロジックで管理していくとなると、それはまさにパターナリズムや、余计なお节介といった介入になっていってしまうのではないかと思います。
とりわけ高校生については、もう高校3年生、18歳は成人ですから、まさに権利の主体として尊重すべきです。その人たちに、こうでなければいけないというものを、いわゆる大人が押し付けるのは、かなり难しいことではないかと思います。
高马:このように声が上がってきたということも、时代と思います。かつて男性はみんな丸刈りが当たり前と考えていましたからね。
铃木:私も当时は丸刈りでした。
高马:やはりその「当たり前」を疑っていくという姿势が、どんどん社会に出てきたのかなと思いますね。
铃木:子どもも、それを良いと思っていました。体罚の问题などはそうですよね。殴られた子どもが「僕は殴られてよかったと思っています」というようなことを言ってしまうわけです。
高马:私もビンタされて「ありがとうございます」と言った気がします。
铃木:いまだに、あれで本当に成长できましたと、言ってしまいがちです。同意があればいいのかというと、それはやはり问题がありまして、その难しさというのは非常にあると思います。
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